コミュ障夫婦が戸建てで子育て

『中年を自覚したくない病』の夫婦が、小さな新興住宅地で、幼児と赤子と暮らしています。趣味は音楽と読書な夫と、ミュージカルが観たい妻。周りを気にし過ぎてしまうあまり、周りは気にせず楽しく暮らす!と躍起になる妻と、わりと色々協力的な夫の日々。最近はニュース戯言多め。

新興住宅地でハロウィンにミゾミゾした話【妻の本音】(前編)

前回の記事です。

kodate-kosodate.hatenablog.com

 

 

棒読み英語のごあいさつ

夕方の4時になるかならないかというころ。新興住宅地の通りに、不思議な格好の子どもたちが集まり始めました。

蝶々をイメージしたような羽を付けた衣装の女の子や黒い悪魔のようなマントを付けた男の子がいます。

よく見ると、ネコ耳をつけている若いお母さんまでいます。ノリノリです。

我が家のきなこちゃんはかぼちゃマント。もち太郎は魔女の帽子をかぶっています。

「とりっく・おあ・とりーと!」

お菓子を求める子どもたちの棒読み英語が響きわたります。

なかには、「trick or treat!」と本格的な発音の子もいますが、我が家は夫婦とも生粋の日本人で、英語教育にそう力を入れているわけでもないので、棒読みです。

お菓子をあげる役の大人は「ハッピー・ハロウィン!」。こちらはほぼ全員完全に棒読みです。

 

お化けの襲来

以上はブログの説明文で「割と協力的」と評価されている夫こと私が、カーテンの陰から盗み見た光景です。

子どもたちはお菓子がもらえるからうれしいのでしょうが、親たちは実際のところはどんな心境でこのイベントに臨んでいるのか。

だって「ハッピー・ハロウィン」ですよ?そんなこと感じたことないんですけど。感じないことをなぜ口にできるのか。口にできるということは「ハロウィンはハッピーだ」と感じているということなのか。


そんなことを考えていると、集団が我が家にやってきました。

そう、私は「割と協力的」と評価されている夫。この日はたまたま在宅していたため、お菓子をあげる係をおおせつかったわけです。

他の家庭では、順番が来るとお母さんが先に家に戻りお菓子をあげるそうですが、うちはもち太郎という赤ちゃんがいるため、私が一肌脱いだわけです。

ピンポーン。

とうとう「ハロウィン」がやってきました。

ドアをガチャリを開けると、

 

「とりっく・おあ・とりーと!」。

「ハ、ハ、ハッピー、ハロウィン」。

 

無意識に言葉がついて出てきました。「ハロウィンはハッピーだ」と感じてはいないのに。やっぱり私も棒読み英語です。

お菓子を差し出そうとすると、半ばむしり取られるようにお菓子がなくなり、集団は去っていきました。次の獲物を求めて。

 

子どもは満足 親は抜け殻

こうして私の初めてのハロウィンはぎくしゃくしたまま終わりました。

抜け殻のような顔をしていると、全ての家をまわった妻と子どもたちが帰ってきました。

きなこちゃんはほくほく顔。もち太郎も訳が分かっていないなりに楽しそうです。

普段のおやつよりも随分多いおかしを、普段は使う機会がない西洋風のカゴに入れてもらい満足そうです。

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妻も、そんな子どもたちの様子を見ながら「良かったよー」と話しつつ、「疲れた」と座り込みました。

 

夕食を終え、子どもを寝かしつけた後、妻が言いました。

「まあ、ハッピーハロウィンは、しっくりこないよね」

妻も私と似たようなことを感じていたようです。

舶来モノへの違和感なのか?

「ハロウィンって、渋谷とか大都市の大人がコスプレしてただけじゃなかったっけ?大して都会でもないのに、普通に地域で親子ぐるみでなんて、ついに日本に定着してしまったよね」

 

妻は、数年前から「小売業界がハロウィンを流行らせたがっている」雰囲気は感じていたそうですが、「そんな風習、日本に関係なさすぎるし、流行るわけないよ」と一笑に付していたのだとか。

それが今ではハロウィンに支配されつつある現実に戸惑っているようです。

 

「さすがにイースターは無理だよね?さすがにみんなで卵は無理でしょ?」

妻の口は、小鳥のくちばしのようにとんがっています。確かにキリストの復活を仏教徒が祝ってどうするというのでしょう。

 

怪しんだ妻は、ハロウィンという「異物」に立ち向かうにあたり、ウィキペディアで起源や意義も見てみたそうで、それによるとハロウィンは古代ケルト人の風習がもとになっているのだそうです。
ですが、特にアメリカで民間行事として定着し、宗教的な意味合いはほとんどなくなっているそうなので、意義も知らずにやっている!などと目くじら立てるのはナンセンスかもしれない。

 

では、このモヤモヤの正体はなんなのか。

妻の語りは止まりません。

 

クリスマスとの比較 

妻はまず、「舶来モノ」という視点から、クリスマスを引き合いに分析を始めました。

「例えばクリスマスは同じ舶来のイベントだよね。でも、必ずしもクリスマスパーティーに参加しなくても、家の中で、ケーキとツリーとプレゼントで完結して楽しめるよね。」

 

妻の主張は、「クリスマスはプライベートで、閉じた空間でもできる」というところのようです。


「でも、ハロウィンって、日本では、まず子どもが近所や友達の家でお菓子をもらったり、大人もコスプレして街歩きしたり、『コミュニティに参加しているか』が問われがちな、めずらしい行事じゃない?

そもそも、『着飾って見せる』ことが、SNSと連動して受けたんだろうし、かなり他人の目を意識しないといけないイベントだよね。

わたしゃ、日本の10月がこんなになってしまったのが落ち着かないよ。

日本の秋は、紅葉の秋だよ。読書の秋だよ」

 

クリスマスは家庭でもできるが、ハロウィンは誘い、誘われるたぐいの「他人の目」を意識するイベントになる傾向がある、私はそれがミゾミゾする(ドラマ「カルテット」より)、と言いたいようです。

 

一理ありますね。ハロウィンを家庭内で完結しようとすると、家にカボチャを飾るとか、カボチャ料理を食べるとかになるのでしょうか?それって冬至じゃないでしょうか?

 

なぜ、ハロウィンに関わるようになったのか

このように、数年前まで、我が家には無関係とさえ思っていたハロウィン。
それなのに、どうして関わるようになったか。
その理由を説明するには、我が家を取り巻く状況の変化に言及しなければなりません。

数年前、新興住宅地にマイホームを構え、子どもが生まれました。

 

長くなったので後編に続きます。

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